はじめてのリビングラボ #1 リビングラボとは何?:共創の場としてのリビングラボの可能性
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2025年4月、木村と安岡は、リビングラボの教科書的入門書『はじめてのリビングラボ――共創を生み出す場のつくりかた』(※1)を刊行した。本エッセイシリーズでは、両著者が交代で執筆を担当し、リビングラボの理論と実践について多角的な視点から紹介していく。書籍の内容を踏まえつつ、実践に繋がる視点や、リビングラボの理解を深めるための話題を提供することを目的としている。
リビングラボへの関心の高まり
近年、「リビングラボ」という言葉が、自治体、企業、NPO、地域コミュニティなど多様な領域で注目を集めている。社会課題に取り組むための有効なアプローチとして認識されつつあるが、実際に取り組もうとすると「何から始めればよいのか分からない」「実践しているが壁にぶつかっている」といった声も多く聞かれるようになった。
こうした関心の高まりとともに、国内外でリビングラボ的なフィールドが次々と立ち上がり、議論が活性化している。多様な立場の人々が協働する場が生まれつつあり、日本においても、リビングラボ研究と実践の萌芽期を迎えている。
筆者はこの20年、北欧の大学に所属し、イノベーションやクリエイティビティを生み出す「場」の研究に取り組んできた。情報技術を活用して、人間主導の社会的価値を創出するシステムのあり方を探求する中で、リビングラボという概念に出会い、約10年前から本格的に関わるようになった。
当初は、リビングラボがイノベーション創出の場として有効であるという点に注目していたが、次第にそれだけではない本質的な価値が見えてきた。リビングラボは、生成AIやロボティクスなど、社会的影響が未知数な技術の実装を考える際にも重要な視点を提供する。多様性、主体性、平等、個人の価値観といった要素を包含することで、複雑な社会課題に対して柔軟かつ持続的な解決策を模索することが可能となる。
欧州では、2025年現在、リビングラボをプロジェクトの運営インフラに組み込むことが、大型研究プロジェクトの採択条件となっているほどである。
リビングラボとは何か
リビングラボの定義は、研究者によって様々に示されているが、いまだに統一されたものは存在しない。ここでは、筆者らが重視するキーワードをもとに、以下のように定義してみよう。
「みんなの未来をみんなで創る方法論」
多様なステークホルダーによる共創を通じて、実生活の場で試行錯誤を重ねながら、長期的な視点で新しいモノやコトを創り出す仕組み
この方法論は、日常生活に根ざした環境で、改良や創造を繰り返しながら、社会をより良い方向へと変化させていくという、極めてシンプルなものである。しかし、その背後には、イノベーションやクリエイティビティを発火させるための仕組みが埋め込まれている。
例えば、以下のようなマインドセットが重要である:
– 実生活に根ざした場であること
– 多様な専門家が関与すること
– 誰もが率直に意見を言える環境が整っていること
– 長期的な視点で試行錯誤を続けること
これらの要素は、従来の方法論では限界があることを示している。人工的な実験室でのシミュレーション、現場を知らない専門家による分析、権威的な環境での意見抑制、短期的な成果主義――これらでは、複雑な社会課題に対応することは困難である。
また、イノベーションは異なる文化や視点の交差点で生まれることが多く、多様な専門家の関与が不可欠である。人間は学習する存在であり、時間とともに変化する。かつては受け入れられなかった技術も、今では日常に溶け込んでいる。例えば、2000年代にはシニア層が携帯電話を使わない(使えない)とされていたが、現在ではスマートフォンを使いこなす高齢者が多数存在する。デンマークでは、かつて電動自転車にニーズがないとされたが、今では子育て世代や高齢者に広く普及している。
なぜ今、リビングラボなのか
リビングラボが注目される背景には、社会がイノベーションを求めていること、そして急速に進化するテクノロジーに真剣に向き合う必要があるという社会情勢が大きい。さらに、分断が進む現代社会において、共創の重要性が多くの人々に認識され始めていることもリビングラボが注目される間接的な要因だろう。(※2)
リビングラボは万能の解決策ではない。取り組めば必ず成果が出るという保証もない。しかし、うまくいく場には共通項があり、それがリビングラボの知見に集約されている。だからこそ、今、リビングラボが注目されているのである。
なお、現在はリビングラボの萌芽期であり、「リビングラボ」と名乗っていても我々が考える本質を備えていない場もあれば、逆に名称を使っていなくてもリビングラボ的な特徴を持つ場も存在する。日本においては、より適切な呼称があるかもしれないが、当面は「リビングラボ」という言葉を用いて議論を進めていきたい。
本シリーズでは、書籍の内容を噛み砕きながら、実践に繋がる視点を提示し、リビングラボへの理解を深めることを目指す。次回以降も、ぜひご期待いただきたい。
※2 詳細は拙著にてより詳しく解説しているので、そちらも参照されたい。



