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EVENT REPORT

「社会変革を実現するリビングラボ」を終えて

社会変革を実現するリビングラボ

サマリーレポート:「社会変革を実現するリビングラボ」を考える

−第4回全国リビングラボネットワーク会議開催レポート−

「社会変革を実現するリビングラボ」と題して開催された第4回全国リビングラボネットワーク会議。
今年は例年を大きく上回る300名弱の方々にご参加いただき、大阪・関西万博のコンセプト「People's Living Lab」への
関心の高さや社会課題解決の実践における共創の必要性が高まっていることを感じました。
対話セッションの中では「リビングラボは、(企業の社員や行政の職員が)“一人の人間”として
日常生活や家の近くで地域に出会い直すことで、自分自身の想いや違和感に気づき直す機会であり、
その人が元々持っている社会性やモチベーションが大事にされて豊かに繋がっていくと、社会変革につながるのではないか」
というやり取りがありました。これは、地域や生活者との共創手法であるリビングラボの原点に立ち戻るとともに、
その機会を大事にすることで社会変革の実現にもつながるという示唆を与えてくれています。
具体的な講演や対話レポートの前に、当日の司会進行と趣旨説明を行った
地域創生Coデザイン研究所の木村篤信が、サマリーレポートします。

全国的に高まるリビングラボへの期待

第4回全国リビングラボネットワーク会議は、2022年3月14日にオンライン開催されました。今年は例年を大きく上回る300名弱の方が参加し、日本のリビングラボへの関心の高さがうかがえました。事前の参加者アンケートでは、昨年に比べて「既にリビングラボの運営を行なっている/参加している」方が増加したことに加え、「これからリビングラボの運営/参加を検討している」を選択した人数が倍増しており、今後のさらなる盛り上がりも期待できる状況でした。

 全国リビングラボネットワーク会議は、2018年から東京大学の鎌倉リビングラボメンバーを中心に、初回は市ヶ谷で、第2回は鎌倉で、そして昨年の第3回はオンラインで開催されてきました。その甲斐もあり、2018年以降、日本のリビングラボは増加傾向にあり、経済産業省、厚生労働省、大阪・関西万博をはじめとする多様な主体が実施するプロジェクトでリビングラボの知見やコンセプトが活用されはじめています。そんな中、第4回となる今年は、大牟田リビングラボチームである大牟田未来共創センターと地域創生Coデザイン研究所、そして東京大学の高齢社会総合研究機構、未来社会共創センターの4者が共催する企画となっています。

具体的なイベントの内容は別ページに譲るとして、まずは、今回のテーマである「社会変革を実現するリビングラボ」の趣旨について説明します。

「生活者や社会に意味のあるモノ・コト」
をつくれているか?

リビングラボに取り組んでいる人や取り組もうとする人の多くは、「生活者や社会に意味のあるモノ・コト」をつくりたいと考え、その実現可能性・有用性を高めるためにリビングラボに注目しています。それに加え、SDGsやウェルビーイングという新しい概念が浸透していく中で「生活者や社会にとって、意味のあるモノやコトとは何なのか」という、価値観そのものが揺さぶられている状況にあり、その状況がリビングラボへの関心をさらに高めているのが現状です。
そこで、今回のリビングラボネットワーク会議は、SDGsやウェルビーイングのような新しい概念を実現する社会に変わっていくためには、どのような共創の実践や仕組みが必要なのかを考えていくための企画としました。

新しい価値観を実現する社会に変わって
いくためのアプローチ

新しい価値観を実現する社会に変わっていくためには、2つのアプローチが必要です。
具体的な目の前の問題を解決する対症療法的なアプローチだけでは、問題が生じる構造は温存されていて、その構造によってまた同様の課題が生じてしまいます。そのため、その問題が起こる構造を転換するような根本的な原因療法のアプローチが必要です。
例えるなら、複数の穴から水漏れするバケツがあり、穴をふさぐアプローチのみでは、また他の穴から水漏れが生じてしまいます。そのため、個別の穴をふさぐだけでなく、穴が生まれづらい新しいバケツへ転換することを志向し、どのようなバケツが必要なのか、水はどのように入っているか、など、水の出入りを構造的に捉えて対応することで、そもそも水漏れが起こりにくい状況をつくるアプローチが合わせて必要だということです。
例えば、貧困家庭の子どもたちに向けた取り組みをすることで、関わることができた子どもたちの暮らしはより良い方向に変わります。それは大事な課題ではありますが、同じような子どもたちが次から次に現れてくる状況は変わりません。そこには、貧困家庭が生まれない構造的なアプローチが必要です。

社会変革を実現するリビングラボの知見を
深める

そのような状況を踏まえた上で、この「対症療法」と「原因療法」といった2つのアプローチとリビングラボの関係を考えたいと思います。
リビングラボは、もとは単一のテーマを対象とした研究領域が主軸で、技術やサービスのプロトタイプを検証したり、受容性を評価したりするために取り組まれるニーズが高くありました。この領域はTest Bedとも呼ばれ、世界的にもかなり知見が洗練されてきている領域です。ただし、「検証」はサービス開発の川下で行われるため、それだけをやっていてもよい製品は生まれないという限界も出てきました。その限界をきっかけに、サービス開発の川上において、製品サービス開発の「意味の探索」を重視するプロジェクトにリビングラボを活用するケースが増えています。この動きは、デザイン方法論の領域でも、デザイン思考を批判する形で、意味の転換を重視するデザイン・ドリブン・イノベーションといったトレンドにもつながっています。
また、リビングラボで取り組まれるテーマは、当初、単体の情報技術に対するものが中心でしたが、情報技術の発展もあり、エネルギー、ヘルスケア、まちづくり、モビリティなど、より広域かつ複数テーマが重なり合う領域を対象とするプロジェクトが増えてきています。こちらも方法論としては、Urban Living Labsという都市に持続可能性を主題にしたリビングラボの概念が提案され、注目が高まっています。

ここでのポイントは、リビングラボは多様な場面でイノベーションに寄与するが、狙いに応じて必要とされる方法論は異なるということです。例えば、SDGsのような、これまでの取り組みの解釈や基準を変えようとする動き、新しい意味・価値観の構築や合意形成に向けて社会を構造的に転換しようとするときと、介護ロボットの機能を介護の現場で検証するのとでは方法論が異なります。上記の図で右上に示した、新しい意味・価値観に向けて社会を構造的にアップデートする方法論が、今の時代には求められており、その方法論はリビングラボとは相性が良いはずですが、具体的にはまだ成熟していないと言うのが現状です。
そこで今回、第4回全国リビングラボネットワーク会議では、右上(SDGs ウェルビーインググリーンイノベーション)の領域の実践を意識してリビングラボに関する知見を深める機会にするために「社会変革を実現するリビングラボ」というテーマで開催することにしました。

プログラムの概要

このような趣旨から、「社会変革の実現」「社会システムの転換」について意識され、実践に取り組んでいる方々を登壇者にお迎えし、今回のこのようなプログラムが実現しました。

2時間30分という時間の制約の中でしたが、登壇者6名の実践を通じてリビングラボや共創アプローチの本質に迫ることができた会になったのではないでしょうか。以降のページで、基調講演や対話の内容について振り返ります。

<イベントプログラム>
第一部 基調講演 :これからの社会デザインに向けた日本の共創アプローチ
 公益社団法人 2025年日本国際博覧会協会、一般社団法人 Studio Policy Design 羽端大氏

第二部 対話セッション
・対話セッション1:事業やサービスを通じて社会変革を実現するために
Jessie Jeongju Seo氏(Eisai Korea Inc.)
 水野恵理子氏(株式会社エヌ・ティ・ティ・データ)
 羽端大氏(公益社団法人 2025年日本国際博覧会協会、一般社団法人 Studio Policy Design)
 木村篤信(株式会社 地域創生Coデザイン研究所)

・対話セッション2:社会変革を実現する地域と企業の協働のあり方
 原口悠氏(一般社団法人 大牟田未来共創センター)
 今林知柔氏(Co Studio株式会社)
 松浦克太(株式会社 地域創生Coデザイン研究所)

木村 篤信

株式会社 地域創生Coデザイン研究所
ポリフォニックパートナー
東京理科大学 客員准教授
デザインイノベーションコンソーシアム フェロー

大阪大学、奈良先端科学技術大学院大学を修了後、NTT研究所に入社。2021年より現職。博士(工学)。主としてHCI、CSCW、UXデザイン、リビングラボの研究開発に従事。デザイン研究のチームを牽引し、企業内のUXデザインプロジェクト、地域の社会課題に関するリビングラボプロジェクトを多数実践し、コンサルティングや教育活動を行っている。現在は、大牟田市などの地域主体とともに、まちづくり、地域経営、サービスデザイン、社会システムデザインなどの文脈で新しいソーシャルデザインのあり方を探求中。著書に「2030年の情報通信技術生活者の未来像」(NTT出版|2015年)等。