EVENT REPORT
「社会変革を実現するリビングラボ」を終えて
対話セッション1:事業やサービスを通じて社会変革を実現するために
−第4回全国リビングラボネットワーク会議開催レポート−
「社会変革を実現するリビングラボ」と題して開催された第4回全国リビングラボネットワーク会議。
今年は例年を大きく上回る300名弱の方々にご参加いただき、大阪・関西万博のコンセプト「People's Living Lab」への
関心の高さや、社会課題解決の実践における共創の必要性が高まっていることを感じました。
対話セッション1は、産業・経済にかかわる登壇者による対話となりました。
韓国エーザイのジェシーさんによるhhc(ヒューマンヘルスケア)の取り組みを起点としたリビングラボ事例や、
NTTデータの水野さんによる大企業でリビングラボを機能させるための地域共創スタジオ「こくりぽっく」の紹介を受けて、
事業やサービスを通じてどのように社会変革をめざしているのか、また、その課題や工夫のポイントが語られました。
氏
(ソ・ジョンジュ;Jessieジェシー)氏
エーザイ韓国、企業社会革新理事
(ナウ社会革新ラボ)
/ Eisai Korea,
Corporate Social Innovation Director
(NOW Social Innovation Lab)
企業社会革新活動家。社会転換運動家。エーザイ韓国で20年間HR、組織文化担当し、現在は企業社会革新理事として在籍中。企業が社会転換志向のビジネスを行うことができるよう、現場と連携し、社会問題解決及び社会転換を推進するビジネスモデルを共同創出している。2015年、年齢を重ねても障害や疾患があっても安心して自分らしく生きることができる社会を志向する「みんながいるから私がいる:나를 있게 하는 우리(ナル イッケ ハヌン ウリ)」という民間企業主導の社会運動を開始。歌手イ・ハンチョルを中心に、ナウ社会革新ネットワークの多様な利害関係者と協力し、社会転換につながる変化の取り組みを共同創出している。
水野 恵理子氏
株式会社エヌ・ティ・ティ・データ
公共統括本部 社会DX推進室
NTTデータ入社後、アジャイル開発などの経験を積んだ後、2012年からUD/UXデザイン、サービスデザイン思考に関する開発支援に従事。UXやSDに関するセミナー講師や、ミラノ工科大学のサービスデザイン講座に短期留学の経験も持つ。2021年度より、市民を長期的に巻き込み社会をデザインするリビングラボの活動に着目し、調査・実践活動を開始。人間中心設計専門家。
hhcから立ち上がる小さなリビングラボプロジェクト
――ジェシーさんからは、韓国エーザイのhhc活動と、そこから生まれてきたユーザ中心のソリューションを紹介いただきました。その具体的な事例のひとつが、甲状腺癌患者向けの低ヨウ素食品開発です。ジェシーさんは、「食品開発は製薬会社の事業領域ではないが、企業理念であるhhc(ヒューマンヘルスケア)には必要なソリューションだった」と語ります。企業理念と事業領域ズレの中で、このプロジェクトはどのように立ち上がったのでしょうか。
ジェシー
企業理念を実際のビジネスに連結することは、とても難しいことでした。2014年頃に、人事制度や評価、社内教育のプロセスにおいてhhcの価値を学ぶ機会を設けました。人事評価の際には社員との対話を通じてどんな暗黙知を感じ、それを解決するためにどのように取り組んだかをヒアリングし、実際に事業化までつなげられる「イノベーションアカデミー」というコースを運営しました。その中で、甲状腺癌を経験した社員が、低ヨウ素食品が患者様には必要だということが良く分かったので取り組みたいと発案し、チームを立ち上げました。それまでは、事業の定款には「食品開発」の項目はなく、会社として強みもない状況でしたので、開発パートナーを探し、今に至ります。
木村
すごいですね。hhcを理念とした企業の教育や制度があり、その中からプロジェクトが生まれてきた。社員が感じたhhcから生まれた新領域に取り組むため、定款も変え、その結果、新しい製品サービスも作ったのですね。小さなリビングラボが、企業の中にいくつも立ち上がる環境が整っているように思います。
大企業の“出島組織”における社会的価値の探索
――NTTデータの水野さんからは、リビングラボ的な共創実証スタジオという仕組みで、自社の既存事業や市場の技術革新に引っ張られることなく、社会的価値を探索していくような活動の必要性と具体的なアクションについて話題提供いただきました。
水野
これまでの取り組みでは、社会的価値のあるサービスの創出に十分取り組めていなかったのではという反省があります。サービス利用者である国民と一緒になって、どういうサービスを作ればよいのかを話し合う必要がある点は、社内で共通認識としてあります。しかし、システム開発担当者が個別にそういった活動をすることは難しいため、私たちのチームが社会デザインの活動を行い、現場に寄り添った試行錯誤の知見をシステム開発担当者に展開する体制をとっています。今後は、システム開発担当者の中でも、社会デザインの活動に興味がある人や地域に貢献したい人には積極的に社会デザイン活動へ参加してもらい、社会のデザイナーを社内で育成していくことも検討中です。
木村
システム開発担当者はどうしても事業化の方向へ重力が働きやすいのですが、社会的価値の創出に重力を働かせる“出島組織”として水野さんのチームがあることで、お互いが綱引きをし、良いものを作っていく体勢を作られているということですね。
癌サバイバーに対する包括的なシステムアプローチ
――ユーザ中心に重きをおくジェシーさんたちは、癌サバイバーも暮らしやすい社会づくりをミッションとした「温ラボ」という、事業領域外の活動も行っています。企業の一担当者の立場で事業領域外の活動をすることは簡単ではないように思いますが、ジェシーさんの考えをお話しいただきました。
ジェシー
例えば、癌に関する一つのソリューションを開発しても、癌を取り巻く社会のシステム全体には、全く効果がない場合もあります。趣旨説明のときのバケツのようにシステム全体として変わらないと、問題が根本的に解決できない場合が多いことに気づきます。ソリューション提供を行う様々なプレイヤーやリソースが競争してしまうときもあります。
そのため、温ラボではシステムチェンジマッピングを作成しました。自分たちの温ラボの活動以外にも、癌サバイバーが社会を見たときに、どんなことが起こっているのか、他のサービスをマッピングし、今あることとこれから必要なことを整理し、それに対して、それぞれが役割をもって協力しようと対話をしました。今活動している人たちのリソースや活動内容を連携し、それが持続可能になるように、合意しながら進めることが重要ではないでしょうか。
プロジェクト単位で理念にコミットする仕組み
――NTTデータは事業領域が広く、ビジョンは総花的にならざるを得ませんが、その中でも共創実証スタジオには「街や暮らしの理想像をつくる」というプロセスがあります。プロジェクト単位では理念にコミットする仕組みです。この工夫をサービスデザインの経験も踏まえながら、水野さんに伺いました。
水野
今までのサービスデザインの取り組みでも、理念やビジョンを持つ必要性がしばしば課題になっています。最初は「こうだ」と思っていたのに、徐々に何がやりたかったのか、誰がやりたいのかと迷走することもあります。リーダーシップを持った人が理念や想いがなければうまく進まないことがあります。そのため、プロジェクトごとに明示的にビジョンを置き、それに共感する人を集める仕組みに取り組む予定です。
木村
今の話は水野さんもミラノ工科大学でロベルト・ベルガンティさんから学ばれていた経験と重なると思います。彼の「意味のイノベーション」では、情熱や内発的なものを大事にするプロセスがあります。それが今の企業の中では見えにくく、忘れがちになるので、意図的に担保するのが、共創実証スタジオのアプローチだと理解しました。
社会のデザインに向けて必要なリビングラボの仕組みや方法論
――企業の立場から、試行的な取り組みに挑戦されているお二人はまさに、社会のデザイナーのように見えます。このような取り組みを増やしていくために、政策の立場からどのような支援があるでしょうか。羽端さんに、政策の現場目線での意見を聞いてみました。
羽端
まずは具体的な事例を作り取り組んでみることだと思います。留学中にリサーチする中で、日本は行政×デザインの事例が少ないと思いました。また、実践しても論文化されていない事例も多いと思います。失敗も含めた実践の共有が必要ではないでしょうか。
もう一つは、ある種の定性的な部分を価値として捉え、政策や仕組みに実装していくことが必要です。組織の中では、市場規模など定量的な評価は議論されますが、定性的な評価や価値判断はおろそかにされることが多いです。何が評価に値するかという価値判断自体も、その評価方法とセットで考える必要があります。問題意識を持つ人には納得できる結果も、そうではない人にとっては各論反対となることもあります。その際に定性的な価値評価の方法論があれば議論できますが、現状は乏しいことが課題です。これからチャレンジが必要だと思います。
木村
価値評価は大事な論点だと思いました。趣旨説明のリビングラボの類型で、「既存の意味」と「新しい意味」の軸を紹介しましたが、価値評価の方法論は大きく異なります。「既存の意味」では、その意味が多くの人と合意されていることが多く、一定の評価軸があり、深い議論なく評価の枠組みが作られますが、「新しい意味」では、評価の軸自体にも問いかけが必要で、探索が大事なアクションになります。このような方法論の違いも含め、今後、定性的な価値評価が構築されることに期待したいですね。