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EVENT REPORT

「社会変革を実現するリビングラボ」を終えて

社会変革を実現するリビングラボ

対話セッション2:社会変革を実現する地域と企業の協働のあり方

−第4回全国リビングラボネットワーク会議開催レポート−

「社会変革を実現するリビングラボ」と題して開催された第4回全国リビングラボネットワーク会議。
今年は例年を大きく上回る300名弱の方々にご参加いただき、大阪・関西万博のコンセプト「People's Living Lab」への
関心の高さや、社会課題解決の実践における共創の必要性が高まっていることを感じました。
対話セッション2は、より地域側の解像度を上げるために、大牟田未来共創センターの原口さんをモデレーターとし、
具体的な大牟田リビングラボと企業との関わりについて深める対話となりました。
Co-Studioの今林さんからは、企業や自治体をクライアントとして
社会課題を解決する事業や会社を立ち上げることにコミットする立場として、
また、地域創生Coデザイン研究所の松浦からは、地域が持続可能な形に転じていくための
企業協働プラットフォーム組成に取り組む立場として、地域と企業が協働する際に求められるマインドセットや、
双方に意義をもたらすための工夫などが語られました。

今林 知柔

Co-Studio(株)取締役副社長 COO、
(株)Flower Loop代表取締役、
528(株)取締役COO

オムロンでエンジニア10年、戦略室で5年勤務し、Co-Studioを共同創業。オムロンには材料技術部門での商品開発と、CVC内でのアクセラレーションプログラム立上げなどに従事。2020年から現職。大企業や自治体の新事業立上げに特化したワークショップやプロトタイピング、および会社立上げに関するファシリテーションを担当。

松浦 克太

株式会社 地域創生Coデザイン研究所
ポリフォニックパートナー

NTT西日本入社後、自治体システム開発のエンジニア、プロジェクトマネージャ等を経て、新規事業開発に8年間従事。複数の自社サービス開発に携わるとともに、アクセラレータープログラムの企画運営、ベンチャー企業との協働による子ども向けプログラミング教育事業の立上げ〜地域展開を牽引。2019年より大牟田市などにおいて、リビングラボによる課題解決・価値創出の実践を行っている。2021年、地域創生Coデザイン研究所設立、現職。地域と企業とがより良い形で関わり合い、価値を生み出せるような仕組みの構築に向け模索中。

原口 悠

一般社団法人
大牟田未来共創センター 理事、
NPO法人ドットファイブトーキョー
代表理事

異なるセクターをつなぐことで新しい価値を生み出すため、ドットファイブトーキョーを立ち上げ、2013年NPO法人化。福岡県大牟田市において、2019年に(一社)大牟田未来共創センター(ポニポニ)を立ち上げ、大牟田市健康福祉総合計画等の政策形成支援、制度や領域の狭間に落ちるテーマについての各種プロジェクト組成と推進、企業とのリビングラボなどに取り組んでいる。

リビングラボの価値は地域との出会い

――ビジネス開発には様々な方法がありますが、開発時にあえて企業として“わざわざ”地域に出ていく方法を選択することにはどのような価値があるのでしょうか。事業を立ち上げることにコミットして伴走するCo-Studioの今林さんに伺ってみました。

今林

ポニポニ(大牟田未来共創センターの愛称)設立前に、大牟田リビングラボに行って衝撃を受けました。その衝撃は何なのかというと、都会の会議室で、ビジネスや困りごとを持っている人がこうすれば解決できるとストーリーを描いて意気揚々と大牟田に乗り込んだのですが、そのストーリーが全然刺さらないということがすぐわかりました。実際に地域へ行ってみると、(文脈が共有されていないので)言葉さえ通じなかったり、「あなたは何しに来たの?」という、“ちゃんと挨拶できますか”といったレベルの基本的な人と人との関わり合いの姿勢から問われました。それに対し、できていない自分に気づかされたという経験が、今の取り組みにとても大きく影響しています。

「あなたは何しに来たのですか」ということに対して、自分が取り組みの当事者になりきれるかどうかは、絶対に地域に足を運ばなければわからないと思います。わが事としてスイッチを入れられるかどうかがポイントだと思います。また、しっかり挨拶をして地域の方に受け入れてもらえたかどうかも重要です。同じ目線で対話できているかを問われているように感じました。
以下の図は、私が参加した大牟田リビングラボの研修プログラムとそこからのアウトプット事例です。

地域という「面」にかかわることで
不可分な暮らしに気づく

――地域に出ていく価値の一つである本人の当事者性について語られたあと、同じ問いを地域創生Coデザイン研究所の松浦にも聞いてみました。単純に地域に出ていくことに加えて、企業協働プラットフォームの視点から、「面」をキーワードにした次のような話がありました。

松浦

自社も含め、今の日本企業を考えたときに、これまでの競争戦略は高度経済成長期の段階から変わらず、いかに自社の経済的価値を高めるかとか、消費者や市場にどういう形で関わっていくかということが求められていました。ただし、それは限界を迎えており、今はSDGsやウェルビーイングといった概念が市場に入ってきています。つまり、一歩先の、その企業独自の社会的価値をどう作っていくのかということを考えないといけなくなっているということです。そこが新たな競争戦略のポイントになってきています。

大牟田は人口11万人の都市であり、都市機能としては教育から医療介護まで、人々の暮らしを取り巻く要素が一式あります。その上、高齢化は37%を超えていて、日本の二十年先をいく地域です。社会システムを地域という「面」で捉えることができる条件がそろっています。私たちもここで介護予防、住まい、交通・移動のことなどを考え、実践しています。このように、あらゆる企業が地域に「面」で関わることによって、自社の強みを活かした社会的価値の創出に向けて探索的に取り組むことができ、これも企業が地域に出ていく価値の一つだと捉えています。
以下の図は、大牟田未来共創センターと地域創生Coデザイン研究所とが協働して構築を進めている企業協働の場「地域共創プラットフォーム」です。ここでは、従来のワークショップ型のリビングラボの限界を乗り越え、社会システム変革や産業創出を志向し、地域・行政・企業にとって価値ある取り組みを展開していきます。

原口

一方で、これまでのビジネス開発ではなぜ、「面」で捉えられないとお考えですか?

松浦

新規事業開発をしていた時には、とにかくスコープが狭ければ、課題を生み出しているボトルネックを論理的に捉えることができると考えていました。例えば教育の事業では、既存の公教育の制度の中でのボトルネックを探す方向に行きがちでした。しかし、そうすると取りこぼすものも大きかったのです。教育において本来考えるべき点は、子どもたちが安心して、生き生きと学びたくなるにはどうしたらよいか、ということですよね。その点に立ち戻ったときに、改めてそのビジネスドメインが捉え直されると気づきました。

企業協働における組織的課題を
乗り越えるつなぎの仕組み

――ここまでの話にもあるように地域には企業にとってのおもしろさや価値がある反面、実際に足を運ぶ中で感じる難しさもあります。

今林

まずは、地域と出会うときの衝撃に耐えられるかということですね。自分の考えが正しくないと言われたとき、または、そう感じたときに、精神的に耐えうるかということです。「私のほうが正解で地域の人がわかっていないのだ」となってしまわないかというハードルです。2つ目は、衝撃を受けたとして、持ち帰っても、上司や現地に足を運んでいない人を説得できるか、というハードルが高いことです。
参加者からも2つ目のハードルに関する質問をいただいていますね。会社員として地域に根付いて、「団地に住み込んでやってみれば」と上司に言われたりしますが、それは、担当者にリスクを取らせすぎです。それを契約関係で解消できるソリューションもあり、例えば、社外出向などの制度を使って地域に入るという形もありますし、弊社ならカンパニークリエーションという新しい事業会社の形で、仮説検証をするためだけに期間限定で社員をお預かりするという契約関係を結ぶこともあります。会社全体でリビングラボに取り組む姿勢がないと、地域での気づきを説得するのは難しいのかなと思います。

その人が何かに気づき直す機会としての
リビングラボ

――最後に今回のテーマである「社会変革」について、登壇者3名の考えを聞いてみました。

今林

社会変革と聞くと大げさに聞こえますが、自分自身は性善説に立っていて、一人ひとりができることを小さく始めることからしかスタートしないと思っています。私の中で、コロナ禍でインパクトが大きかったのは、昼間の父親の居場所のなさを感じたことです。自分自身30年くらい地域に住んでいるのに、会社通勤のために地域の中の自分の居場所を気づかないで過ごしていたこと、社会的孤立という社会課題を生み出していることを、コロナが気づかせてくれました。
では、地域で居心地が悪かったら何から始めるか。近頃は子どもたちもiPadを使い慣れているので、親子でコミュニケーションをとってみるとか、地域で挨拶をしてみるとか、そんなことからスタートできると、それが社会変革の種になり、渦巻いて大きな変化になるのかなと思います。生活者の視点が入ることで身につまされることもある。自分自身、ネクタイを締めた瞬間にスイッチを入れるだけではなくて、ネクタイを外した時にもスイッチが入っている状態があると気づけるかどうかは大きいと思います。

松浦

私自身も社会の生活者の一員ですし、企業も社会の一員と考えると、そんなに大それた話ではないと思っています。しかしながらどちらの方向に向かったらよいのかと、個々人が感じる素朴な違和感があると思います。第一歩としては、「今の社会で生きづらいな、何かがおかしいな」と思っていることに気づけるかどうか。そして、例え会社の中であっても安心して発言できるような関係性があり、「ビジネス性も大事だけど、このテクノロジーって本当に地域の人たちを幸せにするのかな?」などチームみなでフラットに対話をはじめてみることが、社会変革を兆す第一歩だと思っています。

原口

日常生活や家の近くで地域に出会い直すことも含めて、どこかに出かけて地域の中に入って「一人の人間」として、地域社会と出会うことで、その人が元々持っている社会性やモチベーションが発揮され、それが大事にされて豊かに繋がっていくと、社会変革につながるということですね。そういう意味での地域との協働は重要です。それがリビングラボの本質ではないでしょうか。企業にとってのリビングラボが、地域で実証実験をすることだけではなく、社員が自分自身の想いや違和感に気づき直す機会だったりするわけですね。

第4回全国リビングラボネットワーク会議を
終えて

新しい共創の形を探索したい仲間同士がつながり、知見を共有し合うことを目的とした本イベントは、今年も盛況のうちに終了しました。ご参加いただいた約300名のみなさま、企画運営に関わっていただいたみなさまに心より感謝申し上げます。
リビングラボは近年国内でも盛り上がりを見せ、「地域や生活者のことを知る手法」や「サービス開発を共創する手法」としてだけでなく、「社会変革」や「新しい意味を生みだす手法」としても注目されるようになってきました。今回の全国リビングラボネットワーク会議では、それらの手法に関する知見がたくさん得られたことに加えて、リビングラボを「私たち一人ひとりが社会的な課題に気づき直す機会」として捉えるなど、共創の原点に立ち戻らせてくれるような示唆もありました。
社会課題が複雑化し、山積する現代では、組織やセクターを超えた共創は誰にとっても必要なツールになってきています。一方で、日本の近代化の成り立ちや民主主義のあり方が、欧州などに比べて共創を難しくしている側面も指摘されています。今回のようなイベントや大阪・関西万博などの機会を通じて、共創の仲間が増え、日本独自の共創の知見が深められていくことで、社会課題解決の実践が加速することを期待します。私たち地域創生Coデザイン研究所も「社会の一員」として、みなさまとともに一歩ずつ社会変革を実現していきたいと考えています。

関連するリンク・論文・記事

第4回リビングラボネットワーク会議開催案内
 CoデザHP九経調HP東大IOG HPNTTデータ HP木村研究員の趣旨説明記事

・基本的なリビングラボの特徴と効果、課題をまとめた論文
木村、赤坂(2018)「社会課題解決に向けたリビングラボの効果と課題」『サービソロジー』5 巻, 3 号, p.4-11.

・リビングラボのような共創活動が持続するための仕組みについて述べた論文【グッドプレゼンテーション賞受賞】
木村, 原口, 山内, 松浦, 金(2021),持続的な活動/持続的な変化に向けたリビングラボ概念の拡張, 日本デザイン学会 第68回春季研究発表大会.

・企業のイノベーション創出につながるリビングラボについての論文
木村,原口,山内,松浦,原口,(2021),新たなアーキテクチャを見出す地域共創プラットフォーム~リビングラボが産業イノベーションを起こす可能性~,ヒューマンインタフェース学会研究報告集、Vol.23, No.6.

・日本のリビングラボの構造的課題とそれを乗り越える可能性について述べた論文
木村,(2021)「高齢者を支える技術と社会的課題」第5章 リビングラボの可能性と日本における構造的課題、(調査資料2020-6)国立国会図書館調査及び立法考査局.

・本質的な社会課題解決(社会システムのアップデート)の共創手法を提案している論文
木村, 山内, 原口, 松浦, 林(2020)リビングラボを組み替える地域主体~ポニポニ(大牟田未来共創センター)の社会課題へのアプローチ~、ヒューマンインタフェース学会研究報告集、Vol.22, No.7.

・PUBLIC DESIGN LAB.  大牟田未来共創センター:「匂い」を呼びさます地域経営

・Sustainable Smart City Partner Program 超高齢社会「以後」の地域経営モデル

メンバーのご紹介

  • 木村 篤信

    Coデザイン事業部
    未来の社会システム探索チーム
    ポリフォニックパートナー

    詳しくはこちら

  • 松浦 克太

    Coデザイン事業部
    未来の社会システム探索チーム
    ポリフォニックパートナー