CHAPTER 3 テクノロジーの可能性と、受け入れられる難しさ

Our Story
宮崎森林・林業DX
プロジェクト

問い直す、「テクノロジー」と
「人」「地域」の関係性

チーム力が整い、大きく動き出した森林・林業DXプロジェクト。しかし、林業へのデジタル技術の導入は、地域の人々の心理的ハードルが高かった。

必ずしも歓迎されないテクノロジーの活用。人口減少下の地域を持続可能にしていく手段として期待される一方で、地域に暮らす人々にとって受け入れられることは容易ではない。

森林所有者や市町村、森林組合、原木市場、さらには製材所へ。当時の林業関係者とのやりとりを湯地は振り返る。

「林業の世界は、木はもちろん、人の活動も年輪を重ねて成り立っているもの。だからなのでしょう。デジタルが入ってくることによって自分たちが大切に培ってきたアナログな部分が無視されてしまうのではないか、というデジタル・アレルギーのような反応が多く見られました」

テクノロジー主導ではなく、地域の課題に向き合うことを大事にしてきた湯地と赤阪ではあるが、この如何ともしがたい壁に、頭を抱えたと言う。その壁を乗り越えるきっかけになったのも、県森連の大地さんとの出会いだった。

「実は、これまでにも森林データを計測して収集するクラウドシステムのようなものは存在していた。ところがそのシステムの主な目的は、国や自治体の森林管理等の既存業務の効率化に閉じていたのだという。 “地域の森林所有者の協同組合”という地域に主語を持つ県森連だからこそ、森林所有者をはじめとした地域の多様な林業関係者に対して価値を生み出せるような新しい仕組みやシステムをつくらなければ、と強く感じていました」

そんな大地さんの切実な課題感と、単なる「業務効率化の道具」としてのテクノロジーではなく「価値を生み出し、人や地域の可能性を引き出す」ためにテクノロジーを活用したいと考えていた湯地と赤阪の構想が結びついたのだ。

その出会いの日をきっかけとして、湯地と赤阪は、大地さんから宮崎の林業、森林組合の業務の実情、利害関係など、リアルな現状を日々学んだ。同時に、大地さんの森林に関わる豊かな人脈からさまざまな出会いを得て、さらに幅広い宮崎の林業関係者と触れあい、関係性を構築していくことに努めた。そのような活動を経て、徐々に県森連本体との連携も深まっていった。自治体にも、現場にも受け入れてもらえない状況が続いた日々。それを打開するきっかけとなったのは、林業のこと以上に、それに関わる人を深く理解することにあった。

両者のパートナーシップが最初に実を結んだのが、ドローンによるデータ計測を導入した森林情報のデジタル化だ。この取り組みは、宮崎県の「林業省電力化推進モデル事業」などに採択された。

地域の人たちにとって、
自分たちのシステムであること

押し付けられたものではなく、地域に求められてテクノロジーが活用されるためには、何よりも、そこに住む人々の暮らしや仕事の中にテクノロジーを体験させるプロセスが欠かせない。関わる人々とつくりあげた「森林クラウド」。まさにそれは、つくり手の一方的な思惑ではなく、パートナーとの対話、ユーザ実証を経て進化を続けている。

2021年4月に設立した「諸塚村森林・林業DX推進協議会」。
それは、森林・林業DXの推進を目的とした、県森連、NTT西日本(宮崎支店および地域創生Coデザイン研究所)はもとより、産官学・地域連携による協議会だ。
大地さんは協議会設立の頃を振り返った。

「初期の会合では誰も異論を口にしませんでした。でも実は、それぞれの立場で心配ごとがある。それに気づかずに勝手にソリューションを提供する側が走り出してしまうと空中分解してしまう。実際にそういう場面を何度も見てきましたが、この協議会はまったく違った。何よりも、湯地さんが協議会パートナーに対して個別にしぶとく、丁寧に、時間をかけてコミュニケーションを重ねる。一度食らいついたら離さないという湯地さんらしい人柄が、それぞれのパートナーや担当者の心を開いていってくれたと感じています」

その言葉に少し照れながら、湯地はこたえる。

「本音で話せる関係になってやっと“こういうところが心配でね”と教えていただけるようになりました。それぞれの立場や持論があるわけですから、我々の思いや理想を押しつける形では成立しないと身をもって感じました」

赤阪も同様だ。

「例えば、買う側の人々は“どこにどんな木があるかわからない。欲しいときに欲しい長さの原木がない”という切実な問題を抱えていました。それに対して、森林・林業DXを導入することによって木材の出荷2か月前から木材情報を“見える化”してわかるように、予約もできるようにします。多少コストはかかりますが、この仕組みを利用していくことで、森林が持続可能になり、木材が安定的に供給されるようになるのです。目先の便利さや商売のためだけでなく、長い目で見ても導入すべきだということを丁寧に話していきました」

それぞれの協議会パートナーとの対話により見えてきたDXへの不安に対応する機能や仕組みを反映し、さらにNTT西日本本社の技術者とも意見を出し合いながら「森林クラウド」は構築されていった。そして2021年10月、「森林クラウド」の有用性を検証するためのユーザ実証がスタート。赤阪は言う。

「つくっておしまいではありません。実際、事前にデジタル機器に馴染みがない林業関係者の方々に説明へ出向き、使いこなしてもらえる素地づくりも行いました。今後も実際に使う方々の意見を聞きながらアップデートしていきたいと思っています」

何より重要なのは、協議会パートナーにとって、自分たちの意見が反映された「森林クラウド」は、誰かに与えられたシステムではないことだ。自分たちが携わった、自分たちのシステムだ。

「昔は林業の合意形成は村の寄り合いによってなされていました。これからは「森林クラウド」が、そんな“場”を担えるのではないかと思うのです。場ができることでコミュニケーションが生まれ山が楽しくなっていくと信じています」と大地さん。

宮崎の林業を見つめながら、日本の林業のあるべき姿に思いを巡らす。昨今の労働人口減少や後継者不足などの課題はもちろん、健全な山を、ひいては良い未来を次世代へつないでいくために何ができるのか。持続可能な地域や社会とは何か、その模索は続く。