CHAPTER 1 地域の課題に真正面から向き合うということ

Our Story
宮崎森林・林業DX
プロジェクト

宮崎の森林上空にドローンが飛んだ日

2020年某日、宮崎の森林上空にドローンが飛んだ。

この日、メンバーたちは確かな手応えをつかんでいた。パートナーである宮崎県森林組合連合会の大地さんは、「劇的な変化」だったと振り返る。

「効率的な森林経営のためには、どんな木が、どこにどれだけあるのかを把握する必要があります。これまでの計測業務は、一本一本の木の胴回りをメジャーで測っていたため、10haあたり数人で10日前後もかかっていたんです。それがドローンであれば数時間で正確に計測できる。短縮できた時間を、木の手入れや木を植える業務にあてることができるようになる。林業の深刻な人材不足への解決策に繋がると感じました」

林業に劇的な変化をもたらすドローン計測。しかし、宮崎森林・林業DXプロジェクト(以下、本プロジェクト)が掲げる構想にとっては、この日がようやくスタートラインでもあった。大地さんを含むメンバーの誰もがそう口を揃える。

当時を振り返り、地域創生Coデザイン研究所の赤阪は言う。

「私たちがめざしていたのは、森林情報のデジタル化だけではない。それらのデータを森林所有者や林業関係者が共有し、活用する仕組みをつくることです。林業における生産や流通を活性化させる真のDXという、より大きな目標を見つめていたのです」

「林業王国・宮崎」の驚きの実態を知る

これからの林業や地域のあり方を変えるべく、地域の人たちとの対話を通じて成長してきた本プロジェクト。そのはじまりは、NTT西日本宮崎支店のひとりの社員の気づきであった。

2018年、冬。NTT西日本宮崎支店の湯地は、支店内で開かれるビジネスコンテストのテーマを探していた。宮崎生まれ、宮崎育ちで趣味は山登り。山に関するテーマで何かできないかと調べていくと、宮崎の山、さらには日本中の山で「違法伐採」が大きな問題のひとつになっているということを知る。業者などに無断で伐採される「違法伐採」が起こる大きな原因のひとつは、森林所有者が森林を管理できていないことだと知った湯地は、生の声を聞くために社内の同僚で森林所有者がいないか探してみた。

「なんと同じフロアの約半数の同僚が、自身やその家族が森林所有者だと答えたのです。さすが林業王国の宮崎だと驚きましたが、それ以上に衝撃を受けたのが、ほとんどの人が所有する森林の正確な場所や状態を把握しきれていなかったことです」

さらには、妻の実家も森林所有者であることすらこのタイミングで知ったと、湯地は苦笑いした。当然、妻の実家も同じような悩みを抱えていた。

「森林所有者自身が所有する森林のことをわからないから放置してしまっていること、そしてその状況こそが違法伐採を助長していることは、他人事ではないリアルなのだと突きつけられました」

身をもって感じた林業王国・宮崎の実態。これをテーマとしたビジネスプランが、すべてのはじまりである。

テクノロジー主導ではなく、
地域の課題に真正面から向き合う

時を同じくして、NTT西日本の地域創生に対する取り組み「地域活性化推進活動」が始動。その代表プロジェクトのひとつに湯地らのプランが選出され、本格的に具現化を進めることとなった。新たにメンバーとして参画することになったのが、地域創生Coデザイン研究所の赤阪だ(当時はNTT西日本本社にて法人営業に従事)。

「赤阪さんは“人と人とのつながり”といったアナログな部分も大切に育て、宮崎の声、現場の声を真摯に受け止めてくれる方だったので安心しました。ICTでお困りごとを解決します!といったテクノロジー主導の関わり方では、地域に密着した林業という産業に向き合うこのプロジェクトはうまくいかないと予感していたので」

そう振り返る湯地。実際に赤阪は、月に何度も大阪から宮崎に足を運び、湯地とともに現場の声に耳を傾けた。「林業に関しては、お互いほぼゼロからのスタートだった」と言う二人は、林業関係の文献を読みあさり、地域内外のさまざまな林業関係者、自治体、企業に足を運び、対話を続けた。最初からテクノロジーやソリューションありきで地域に入っていくのではなく、林業という産業が抱える課題の構造を掴み、地域や現場のリアリティに腰を据えて向き合うことから始めたのだ。

「往復何時間もかけて宮崎の各所に通う車の中ではずっと語り合い、悩みや希望を共有し合いました。その過程でどんどんと宮崎という地域や林業に関する夢を一緒に語れる相手になっていったんです」

湯地の言葉からも、何十時間も二人で奔走した日々は情報収集以上の意味があったことがうかがえる。さらに林業の現状について身をもって知ることができたのは、実際に宮崎県内の森に足を運んだときだと赤阪は言う。

「管理された国有林には光が差し込み、健やかに木々が育っているのに対し、放置され管理の手が入っていない森は細々とした木々がうっそうと茂り、光が差し込まず昼間でも暗い。整備されているか否かで、森の状態がこんなにも違うのかと衝撃を受けるとともに、多くの森が放置され続けていることに危機感を感じました」

森林が抱える現状を目の当たりにし、湯地と赤阪は「森林情報の見える化」に本プロジェクトの活路を見出した。まずは、森林の価値を所有者自身が把握し、伐採や造林の好循環を生み出すための仕組みとして、森林情報のデジタル化とデータ活用を進める。その先には、森林所有者だけでなく、自治体や森林組合・製材所等の林業関係者等の幅広い森林・林業関係者をデータでつなぎ、森林管理の効率化や木材の需給マッチングなどを実現することで、持続可能な林業と地域活性化をめざしていく。そんな構想が、二人の中で膨らんでいった。これが、今もその実現に向けて歩みを進めている「森林・林業DX構想」である。

この構想は、林業の川上から川下まで、あらゆる関係者を巻き込まなければ実現しない。だからこそ、湯地と赤阪はさまざまな自治体や団体にアプローチし、同じ志で構想を具現化できるパートナー……いわば“仲間”を探した。ところが、当初の反応はどこも好意的ではなかった。「NTT西日本が商談に来た」と捉えられてしまっていたのだという。地域の課題に真正面から向き合ってきたが、なかなか受け入れてもらえずに二人はもどかしさを感じていた。